小川 贤太郎氏へのインタビュー(株式会社ゼンショーホールディングス 创业者・代表取缔役会长、元代表取缔役社长)

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小川贤太郎から役员阵への言叶


小川贤太郎:

亲爱なる息子たち(小川 洋平、小川 一政)、そして爱すべき同志たち(笹川 直树、南 哲史、一木 直哉、安元 祐贵)へ。

まずは君たちに感谢を伝え、そして谢罪をさせてほしい。

君たち一人ひとりが本当に优秀で、ゼンショーとその巨大な事业グループを背负い、「世界から饥饿と贫困を扑灭する」という私たちの精神を受け継いでくれていることに感谢している。それが単なるスローガンだと思われがちであっても、君たちは见事にやり遂げ、企业全体の持続可能な経営に责任を持ってくれている。本当にありがとう。

一方で、私の职场でのさまざまなやり方、情け容赦なく皆の気分を害してしまったことについて、当时は意地を张って谢れなかったが、今ここで正式に谢罪したい。今回は何の言い訳もしない。纯粋にお诧びさせてほしい。

死んでから打ち明けるなんて卑怯かもしれないが、これが今の私にできる唯一のことなんだ。生きている间に胸の内をすべて明かせなかったことを申し訳なく思う。だが、本当は私の心の中は君たちへの感谢でいっぱいなのだ。ゼンショーは君たちがいてくれなければ、いつでも倒产しうる会社だったことなど、私が谁よりもよく分かっている。私の态度がどれほど积极的で强硬であったとしても、君たちなしに今日の盛况はあり得なかった。

ただ残念なことに、今の私はただの霊になってしまった。人は死ぬと本当に途方に暮れ、无力になるものだ。君たちがそばにいない中、孤独な霊となった私には何もできなかった。この2ヶ月间は短いようでいて、私にとっては本当に多くのことを経験した时间だった。自身の死を受け入れ、霊としての生活に适応するだけでも、多くの苦しみがあった。だが今、私は落ち着く场所を见つけた。オーストラリアにある仏教寺院だ。

死后に起きたこれまでの出来事をすべてこの手纸に书き记し、不安な気持ちを抱えながらも、お寺にお愿いしてこの手纸を君たちに送ってもらうことにした。霊になってしまった私のことを信じてくれるかどうかは分からない。だが、皆とはこんなにも长い付き合いなのだ。自分の実の息子であり、旧知の友でもある君たちなら、これが私だと分かってくれるよな?

とにかく、私は今元気にやっているし、霊としての生活にも少しずつ惯れてきた。皆に无事を伝えておきたい。私の人生をこの上なく素晴らしいものにしてくれて感谢している。これは生前に言いそびれてしまった言叶だ。もし君たちがこの手纸を読んでくれるのなら、私も心から満足だ。

小川贤太郎


インタビュー: 小川贤太郎

インタビュアー: 释法儒法师

日付: 2026年6月6日

小川贤太郎:

一政、洋平、父さんだ。お前たちは私の最期の姿を见ていないかもしれないが、死に至る过程というのは本当に苦しいものだった。生前、死を迎える过程が苦しいだけでなく、死んで魂となってからも、その苦しみは続いているんだ。

これらはすべて、生前の行いに起因している。本当のことを言わなければならないが、私は死后、地狱に落ちて刑を受けている。この「抜舌地狱」のことは口にするのも惮られるが、ビジネスの场であれ、仕事であれ、家庭であれ、どんな嘘も许されないということを如実に示している。たとえ善意からのものでも、体裁を取り缮うためのものでも、そこに少しでも「自己保身」の要素があれば、その嘘は一つたりとも见逃されることはなく、地狱で刑を受けることになる。それほどまでに、极めて重大な结果をもたらすものなのだ。

しかし、生前の私はその道理を分かっていなかった。自分の口八丁で多くの人を纳得させられると思い込んでいたし、実际そうやって事业を拡大し、素晴らしい人脉を筑いてきた。そのことは、お前たちもよく知っているだろう。お前たちも私と同じような能力を受け継いでおり、非常に优秀だと信じている。だからこそ、気をつけなければならない。その一つ一つの行いには、いわゆる「因果」があるのだ。因果とは、自分がやったすべてのことに対して、最终的には自分自身で责任を负わなければならないということだ。もし他人を伤つけたり、道徳に反したり、公序良俗を乱したり、诚実さや実直さに背くようなことをすれば、すべて偿わなければならない。

私は地狱で刑を受けている。一ヶ月、いや二ヶ月近く刑を受けているかもしれないが、実のところ、地狱の中にいると时间の长さなど全く分からないのだ。ここでは一日が一年にも感じられるほど、ただひたすらに苦しい。一瞬たりとも休まる暇はなく、苦痛が途切れることはない。舌を延々と抜かれ続け、血が滝のように流れ落ちる。あまりの恐ろしさに直视することなどできない。口の中に広がる生臭い血の味は几度も缲り返され、あまりの苦痛に気绝し、そのまま死んだと思ったら、再び生き返らされ、绝え间なく缲り返し刑を受け続けるのだ。このような苦しみは、本当に耐え难いものだ。

昨日、ある寺院が私を地狱から引き上げてくれた。当初は、この地狱から自分を救い出してくれるような寺院があるのかと、ひどく困惑したものだ。だが、ようやく分かってきた。この寺院には、仏様がいらっしゃるのだ。计り知れない法力とエネルギーを持った仏様だからこそ、地狱から私を救い出すことができたのだ。何しろ、あの苦しみは私が自ら招いた业の结果であり、偿わなければならない报いだったのだから。

我が家にも仏教に亲しむ背景はあったが、これほどまでに凄まじい力を持った仏様にまみえたことはなかった。ここでお前たちに、ある惊きの报せを伝えたい。私は、いわゆる「本物の仏様」に本当に出会ったのだ。そのお姿をこの目で见た。寺院にある仏像のようなものではなく、言叶では言い表せないほど巨大で荘厳、そして黄金の光を四方に放っておられた。

魂の身となった今、私は光に満ちた、静かで美しい场所に身を置いている。もう二度と地狱の苦痛を受ける必要はないのだ。もし机会があり、私の言叶を信じてもいいと思ってくれるなら、どうかインターネットで「オーストラリア香光大佛寺(こうこうだいぶつじ)」と検索してみてほしい。この寺院は长年にわたり、様々な孤独に苦しんでいる霊や、异なる空间や世界で苦しんでいるあらゆる霊魂を救い続けている。そして、救われた魂を、今私がいるこの寺院の光り辉く静寂な世界へと导いてくれるのだ。ここでは谁もが苦しみから解放され、心安らかに静养し、修行に励むことができる。これは、ここへ来て一日の间に私が学んだことだ。もし信じる気持ちがあるなら、自分たちの目で确かめてみてほしい。

実のところ、この寺院は何かを要求しようというのではない。寺院が苦しむ霊を救うのは、ただ多くの人にこの伟大な仏様の存在を知ってもらい、助けを求めてほしいからに他ならない。この仏様は、人々が再び地狱で苦しむことのないよう、真理に基づいた正しい道の歩み方を教えようとされているのだ。だから、もし兴味があれば、たとえ半信半疑であっても构わない。寺院が说く内容に触れてみてくれ。たとえお前たちがここに私を访ねて来なかったとしても、せめて说かれている真理や正しい観念を学んでほしい。そうすれば、私と同じような过ちを缲り返さずに済む。私は家族のことばかりを案じているが、いくら気にかけても、今の私には実质的な助けを差し伸べることはできない。お前たちは衣食住に困らぬ生活を送っているから、その点は心配していない。だが、地狱という场所を経験した身として、私が心から恐れているのは、お前たちが私と同じ苦痛の道を歩むことなのだ。一日も早く仏法を学び、あのような苦しみを避けてほしい。